無関心層に届く防災には「面白さ」が必要。一般財団法人世界防災フォーラム・小野裕一
代表理事 小野裕一
一般市民が興味を持てる楽しい形で防災を普及し、災害で苦しむ人をなくすことを目指して活動する「一般財団法人世界防災フォーラム」。国内外から産・官・学・民の防災関係者が集まる「世界防災フォーラム」の主催や、災害統計データベースの構築支援、被災者の声を聞いて国際発信する「World BOSAI Walk TOHOKU +10」などを通じ、防災の普及・啓発に取り組んでいます。
今回は一般財団法人世界防災フォーラム代表理事の小野裕一様に、取り組みの内容やこれからの防災に必要なことについてお話を伺いました。
海外での経験を日本の防災に役立てたい
ーー本日はどうぞよろしくお願いいたします。まずは小野様の経歴をお聞かせください。
(小野様)
私は現在、一般社団法人世界防災フォーラムの代表理事と、東北大学の災害科学国際研究所の副所長に就いています。「世界防災フォーラム」は主催がWBF実行委員会(一般財団法人世界防災フォーラム)、共催が東北大学という形で成り立っています。
私が防災に携わるようになったきっかけは、学生時代に研究したバングラデシュにおける竜巻災害でした。甚大な被害をもたらした竜巻の現地調査に入り、対策がほとんどなされていない現状を目の当たりにしました。その経験から、発展途上国の防災を改善したいという思いを持ち、国連の「世界気象機関」や「国連防災機関(旧:国連国際防災戦略事務所)」といった防災分野のオフィスで働き始めました。
2011 年に東日本大震災が起き、1カ月ほど休暇をとり岩手県陸前高田市でのボランティア活動をさせていただきました。そのうちに「これまでの経験を生かして東北のためにできることがあるのではないか」と考え、震災を機に設立された東北大学災害科学国際研究所に赴任することを決めました。
教訓は一般の方にも分かる形で発信する
ーー世界防災フォーラム様についてお聞かせください。
(小野様)
第一回の世界防災フォーラムは2017年3月に東北大学を含む任意団体が運営して開催しました。その後、2019年に組織を一般財団法人化しました。世界防災フォーラムとは、東日本大震災を機に始まり、国内外から民間企業や教育機関、官公庁、市民の幅広い層の防災関係者が集まる市民参加型の国際フォーラムです。2年に1度開催されるこのフォーラムが、法人の活動の中心となっています。
フォーラム開催の大きなきっかけは、東北の被災地の経験や教訓を世界中に発信して、あのような災害を二度と起こしたくないという思いです。そのほかにも、2015年に仙台で開催された「国連防災世界会議」が約15万人の関心を集めた流れや、被災経験を発表することで、支援してくれた諸外国への恩返しをしていきたいという意図もありました。
世界防災フォーラムの大きな特徴は、研究者や政府、民間、市民の方々、 NGO 、メディア、宗教団体など、さまざまな人が誰でも参加できるということです。難しいテーマもありますが、何事もなるべく柔らかくして伝えています。教訓は一般の方が分かる形で発信するということが、世界防災フォーラムのコンセプトです。この考え方は御社と共通するところがありますね。
ーーはい、弊社の「あそび防災プロジェクト」でも、「楽しみながら防災を知る」というご提案をしていて、皆様と共通点があると感じております。
東北での「世界防災フォーラム」の開催のほか、取り組まれていることをお聞かせください。
(小野様)
2024年は、初の海外でのフォーラム開催を企画しており、7月にアメリカのスタンフォード大学と連携しての開催を予定しています。
日本では、スタートアップの企業や研究者を支援する体制が確立できていないので、なかなか新しいアイデアが育ちません。そこでアメリカではどのように投資をしているのか、日本の方に知っていただく機会になればと思っています。また日本とアメリカの企業や研究者の交流の場に投資家も招き、ビジネス創出のチャンスをつくり出したいと考えています。
そのほか、災害の数や頻度、インパクト、ハザード情報など災害における被害統計の収集も取り組みの一つです。また今後は東日本大震災の被災地に足を運び、災害復興を学びながらその地域の魅力も体験できるような「防災ツーリズム」も行いたいと考えています。
現状を正確に認識し、適応しなくてはならない
ーー小野様が考える、今の防災の課題とはどのようなものでしょうか?
(小野様)
改善点はあるものの、日本の防災はかなり進歩してきました。2011年の東日本大震災での犠牲者は浸水区域の人口の3%と言われていますが、100年ほど前に発生した1896年の明治三陸地震の津波では、浸水区域の40%の犠牲者が出たと言われています。
防災対策として警報システムの整備や防潮堤の設置、ハザードマップの作成などさまざまな対策に取り組んできた効果が今上がっています。依然犠牲者の方がいらっしゃる状況に課題はありますが、減災は着実に進んだという認識に間違いはないでしょう。
世界に目を向けると、現在気候変動により頻発している災害が具体的にどれほどの変化や被害を人々の生活にもたらすのか、データがまだ揃っていません。たとえば台風を考えた時、気候変動によってどれだけ強くなったものなのか、発生頻度がどれほど変わったのか……まだまだ未解明の部分が多く、研究が進めば防災に大いに生かせます。
気候変動による損失は解決すべき課題ですが、一方ですぐに改善できるものではありません。これから生じてくるであろう影響をきちんと認識して、適応し、対策していくことが大切です。
たとえばヨーロッパにはこれまで地震や噴火、津波などの自然災害がほとんどなく、災害といえばアジア・太平洋地域や発展途上国に起きるものという認識でした。しかし今、地球温暖化の影響でヒートウェーブや洪水が発生するなど、被災が身近になり始めています。
堤防を作るといった根本的なところでの防災は、効果が見込めるものの資金が必要で、すぐの実現は難しい。だからまず易しいところで、「危険が迫ったら、人が安全なところに移動する」ことを徹底できるように、アーリーウォーニングシステム(早期警報システム)が多くの国に呼びかけられているわけです。
ーーこれらの課題へ、どのように対策を進めていけばよいのでしょうか。
(小野様)
世界規模で見た時に、まだまだ防災に対して人的にも経済的にも投資が少ないです。防災に使われるリソースと比べて、災害が発生した後の復興や災害対応に、リソースが圧倒的に割かれてしまっているのが現状です。
災害が起きてしまってからでは、失われたものは戻ってきません。災害前後どちらの対策も大切ですが、災害が起きる前の段階、つまり「防災」にもっと投資をして、亡くなる方の数や経済的な被害を減らすという考えを広めていく必要があります。
ーー世界防災フォーラムでは、どのようなイベントに落とし込んでいるのでしょうか。
(小野様)
アカデミアや企業、メディアの方などのさまざまな参加団体さんに、その年のテーマに合わせたセッションを企画していただいています。2025年のテーマは喫緊の課題である「気候変動」です。さまざまな視点から出たアイデアに関して、議論したり、団体同士でプロジェクトを企画したりできる場になるでしょう。
さらに、障害をお持ちの方にお越しいただき「インクルーシブバーベキュー」を予定しています。東日本大震災の際、何かしらの障害をお持ちの方は、そうでない方と比べて死亡率が高くなってしまう状況がありました。障害の有無にかかわらず誰もが安全に暮らしていけるよう、体制を整えなくてはいけません。
そうするためにも、まずはさまざまな属性の方を交えて防災を語るために、場をつくろうと考えています。
また、過去の取り組みとして、地域の芸能文化が復興に果たす重要性を発信しました。踊りや音楽など、被災地域で昔から行われてきた伝統行事が、バラバラになったコミュニティをつなぎ、復興に寄与した事例が多くありました。フォーラムでは実際に地域の方に芸能を披露してもらい、文化が復興に寄与する力を海外に向けて発信する場を設けました。海外の方に理解していただけるか不安に感じながらの取り組みでしたが、お越しいただいたフィリピン政府の方には涙を流しながら見ていただけて。音楽の力、芸術の力が果たす役割は、言葉が通じなくても感じ取っていただけるのだなと実感する機会となりました。
防災に無関心な方々に届けるには「面白さ」が必要
ーー我々がご提案している「あそび防災プロジェクト」について、どのようなことを期待していただけるでしょうか。
(小野様)
世界防災フォーラムでも、一般の方が防災をよりよく知ってもらうことを目標としていて、そのためには「面白い」と思ってもらえないと難しい。楽しければ意識が活性化して、ただ言われたことを飲み込むだけではなく、「自分はこうする」といったアイデアが出てくると思います。世界防災フォーラムでも、難しく捉えられないように、漢字はやめて「bosai」とアルファベットで表現するなど工夫しているところです。
大切なのは、普段防災に無関心な方々に受け入れられることです。全員に関心を持ってもらうのは難しいかもしれませんが、手法を変えることで参加してくれる層が広がります。例えばご家族と接点を持つことで、親から子へ、あるいは子から親へと防災の重要性を伝えてもらえるかもしれない。層を広げるということは、多角的なアプローチの可能性も秘めています。
そんな観点から御社の取り組みは実に面白いと思いますし、勉強になります。「防災運動会」は、参加者同士で楽しく競争しながら防災を学べますね。
ーーありがとうございます、そのように言っていただけて光栄です。
当事者の方へのアプローチを忘れない
ーー最後に、世界防災フォーラム様の今後のビジョンをお聞かせください。
(小野様)
2022年には東日本大震災の被災地である、福島県のいわきから青森県の八戸まで、40 日間かけて歩くウォークラリーイベント「World BOSAI Walk TOHOKU +10」を行いました。その途上で出会った方々に、復興についてや、被災後10年の思いを伺う機会に恵まれました。
その中でも特に印象に残っているのは、震災で当時30代の娘さんを亡くされた70代の女性のお話です。その方は民宿を経営されていて、ご夫婦で娘さんを大切にされていたそうです。娘さんが亡くなられた時は自分も死んでしまおうかと考えるほど絶望したと話されていました。それでもなぜ生きてこられたかというと、当時4歳だったお孫さんのおかげだったそうです。私にも娘がいますが、子どもを亡くす親の気持ちは、当事者にならないと分からないと思います。そしてきっと、娘を亡くした悲しみが癒やされることはないでしょう。それでも、大切に思える「誰か」がいれば、きっと人間は倒れないんじゃないかと思います。「誰かのために」という気持ちがあれば生きていけるのではないでしょうか。お話ししていただいた方は今でも民宿を続けているそうです。
被災地のみなさんとこのように対話ができたことは、私にとって大きな財産になっています。
自分がなぜ防災に取り組んでいるのかという原点に立ち帰ることができました。
苦しむ人を少しでもなくす、それが防災研究の一番の目的です。しかし目的というものは見失われがちで、人に会って胸の内を共有してもらう機会が非常に大切だということに気付かされました。
だからこそ、研究室にいるだけではなくて、こちらから出向いていかなくてはいけません。世界防災フォーラムを通じて、これからも我々からどんどんアプローチする機会をつくっていきたいと思います。
ーー貴重なお話をありがとうございました!
この記事を書いた人
SDGsコンパス編集部
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